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りんごはないけどサルはいる

【青森/五所川原】【東北おもしろミュージアム】(1)津軽三味線会館

time 2017/05/02

【青森/五所川原】【東北おもしろミュージアム】(1)津軽三味線会館




 ■発祥の地で感じる「魂の音色」

その昔、青森県津軽地方で盲目の芸人たちが家々の軒先で三味線を弾きながらコメやお金をもらっていた。こうした「門付け芸」は彼らにとって生きていくために必要な手段だった。長い歴史の中で変貌を遂げながら名人たちの手によって発展し、普遍的な地位を確立。津軽三味線の「発祥の地」で津軽の厳しい風土、ハングリー精神に育まれた歴史、力強いバチさばきが奏でる「魂の音」にじっくりと触れてみたい。(福田徳行)

■偉人の功績、後世に

旧金木町(五所川原市)に生まれ、津軽三味線の始祖仁太坊(にたぼう)こと秋元仁太郎(1857~1928年)は8歳の時に天然痘に罹患(りかん)し失明。その後、上方の女三味線弾きから手ほどきを受け、生きていくために三味線を片手に門付けをする日々を送る中で、仁太坊は独自の奏法を確立した。

仁太坊に魅せられ、24歳で弟子入りし、津軽民謡中興の祖といわれる「嘉瀬の桃」こと黒川桃太郎(1886~1931年)、仁太坊の最後の弟子で、わずか3年で師匠の腕を超えたとされる津軽三味線の“神様”白川軍八郎(1909~62年)。

津軽三味線の基礎を築いた3人の偉人の功績、津軽三味線の歴史、津軽民謡、町の郷土芸能を貴重な資料とともに後世に伝えようと、平成12年に開館。18年からNPO法人「かなぎ元気倶楽部」が管理・運営している。

「特に仁太坊は『自分の三味線を弾け』と弟子に言っていたようです」と同NPOの舛甚(ますじん)富美子さん(48)。オリジナルの弾き方が仁太坊の三味線哲学とされ、現在の津軽三味線奏者の基礎となっている。

■生演奏や展示で堪能

会館の目玉は津軽三味線の生演奏だ。基本的に1日5回、プロの奏者が日替わりで「津軽じょんから節」「津軽よされ節」など津軽民謡を披露する。

その一人で奏歴50年超、約20人の弟子を抱える福士豊勝さん(68)は津軽三味線の魅力を「弾き手によってメロディーが違うため、いろんな弾き方ができるところ。飽きのこない、死ぬまで勉強できる底の知れないもの」と力説した。それぞれ流派があり、舛甚さんも「流派によって持ち味が違う。いろんな演奏を聴いて三味線の良さを堪能してほしい」とPRする。

歌手で津軽三味線奏者としても名高い三橋美智也さん(1930~96年)のゆかりの品を集めた展示コーナーも目を引く。ステージ衣装や愛用の毛皮、ゴルフクラブ…。いずれもファンには垂涎(すいぜん)の的だ。

「津軽三味線の名手としても知られた三橋さんに関わる展示は全国でここだけではないでしょうか」と舛甚さん。このほか、津軽三味線の各部の名称や三味線の起源などを紹介したコーナーも一見の価値がある。舛甚さんによると、津軽三味線は1本20万円から高い物では200万~300万円もするとか。新車が買えるほどの高価な代物だけに、奏者にとっては生活の一部と言えそうだ。

■初夏の桜とともに…

発祥の地だけあって、平成元年からは毎年5月に「津軽三味線全日本金木大会」が開かれている。大会には全国から約300人が参加し、バチさばきを競う。大会の優勝者には上妻宏光や吉田兄弟の弟、吉田健一らそうそうたる顔ぶれが名を連ねる。まさに、津軽三味線を極める若手の登竜門とも言える大会だ。

「桜の時期に津軽三味線の魅力に触れてもらいたい」と舛甚さん。名人たちの手によって発展してきた津軽三味線を通して、真冬とはひと味違った初夏の津軽を満喫するのもいい。

東北には、知る人ぞ知るユニークかつディープな博物館や美術館が各地に点在する。東北6県の記者たちが、こうした東北の魅力を発信し続けるミュージアムを巡った。

【メモ】青森県五所川原市金木町朝日山189の3。(電)0173・54・1616。入館料は一般500円、高校・大学生300円、小・中学生200円。三味線に関する展示のほか郷土芸能のコーナーも。また、地元ガイドと一緒に津軽三味線発祥の地を散策する2時間の「津軽三味線散歩」もある。会館には津軽鉄道金木駅から徒歩約8分、津軽自動車道五所川原北インターチェンジから車で約15分。




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