下北かさまい速報

りんごはないけどサルはいる

【東日本大震災6年/八戸】「将来は助産師さんに」 あの日に誕生、春から1年生に

time 2017/03/11

【東日本大震災6年/八戸】「将来は助産師さんに」 あの日に誕生、春から1年生に




将来は助産師さんになりたい―。そんな夢を抱きながら小学生になる女の子がいる。八戸市の大西紗巴(すずは)ちゃんは6年前の3月11日、東日本大震災が発生したその日に生を受けた。今日で6歳。「他の女の子は選ばなそうな色でしょ」。ピカピカの黒いランドセルをうれしそうに背負ってみては、新しく始まる学校生活に思いをはせる。あの日に誕生した小さな命は、未来へ向かう大きな希望だ。

紗巴ちゃんは午後0時14分、帝王切開で生まれた。術後の経過を見守るため、母子は産後間もなく別々の部屋に分かれた。

母の保子さん(31)はベッドに横たわり、体を休めていた。麻酔で身動きは取れないが、無事に出産できた喜びをかみしめていた。

3階の病室で夫の健司さん(33)、長男の皐生(こうき)君(10)がねぎらいの言葉を掛けてくれた。「枕元に携帯(電話)置いといて」「それだと休めないでしょ」。あえて手が届かない場所に置き、いったん病院を離れる2人を見送った。

程なくして激しい揺れに襲われた。「早く逃げて!」という叫び声、バタバタした足音が聞こえる。事態が把握できないまま、ベッドから振り落とされそうになるのを必死に耐えた。

一方、健司さんは保子さんと連絡が取れず、病院に向かうため急いで車に乗り込んだ。信号は止まっている。余震が来る度に車を止め、鎮まるのを待った。「無事でいてくれ」と祈るばかりだった。

病院では多くの人が1階の安全な場所に集まっていた。保子さんは布団ごと避難。病院に居合わせた男性や職員らが8人で運んでくれた。紗巴ちゃんも助産師に抱かれていた。混乱の中で、大西さん家族はそれぞれの無事を確認し、胸をなで下ろした。

母子はそれから1週間ほど入院した。何度も余震に見舞われたが、その度に看護士が震度を伝え、「何も心配ないですからね」「大丈夫ですよ」と呼び掛け、不安を拭ってくれた。保子さんは「看護士さんは家にも帰らず、私たちを見てくれていた。紗巴の命はたくさんの人に支えられた」と感謝する。

健司さんは紗巴ちゃんの誕生日を迎える度に、当時の記憶がよみがえる。たくさんの命が失われる中、生まれてきたまな娘。「これからも元気で健康に過ごしてほしい」と願う。

あれから6年がたった。健やかに成長した紗巴ちゃんは、赤ちゃんの世話をするのが大好きな優しい女の子だ。

「いつでも赤ちゃんに会える助産師さんはどう? 生まれるお手伝いをするんだよ」。保子さんが子どもと関わる仕事について教えると、「なりたい!」と目を輝かせた。

参照:デーリー東北新聞社




down

コメントする